食品衛生行政の動き(国を中心に) 2025年3月

株式会社 中部衛生検査センター 顧問 道野 英司

1 輸入食品に対する検査命令の実施

 厚生労働省は、食品衛生法第26条第3項に基づく検査命令(輸入届出ごとの全ロットに対する検査の義務づけ)の対象食品の改正について、これまでの検査結果を踏まえて以下のとおり各検疫所長あて通知しました。

 ① 2月20日、中国産乾燥くこの実のアフラトキシンについて、検査命令の対象に追加。
   https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_50761.html

 ② 3月4日、インドネシア産コーヒー豆の2,4-ジクロロフェノキシ酢酸について、検査命令の対象から除外。
   https://www.mhlw.go.jp/content/11135200/001431721.pdf

 ③ 3月11日、パキスタン産ごまの種子のアフラトキシンについて、検査命令の対象から除外。
   https://www.mhlw.go.jp/content/11135200/001439965.pdf


2 アレルゲンを含む食品(そば、えび、かに)のファクトシートを公開

 内閣府食品安全委員会は3月11日、アレルゲンを含む食品(そば、えび、かに)のファクトシート(科学的知見に基づく概要書)を公開しました。
 そばアレルギーについては、幼児期に即時型症状として発症することが多く、重篤な呼吸器系症状が多いことが知られており、死亡例も報告されています。また、甲殻類アレルギーについては、学童期以降に発症する即時型症状のほか、食物依存性運動誘発アナフィラキシー(※)として発症することが多いとされています。
 ※特定の原因食物の摂取又は運動負荷のどちらか一方だけでは発症しませんが、原因食物摂取後に運動負荷が加わることによってアナフィラキシーが誘発される病態。

(そば)
https://www.fsc.go.jp/foodsafetyinfo_map/allergen.data/factsheets_Allergy__Buckwheat.pdf

(えび、かに)
https://www.fsc.go.jp/foodsafetyinfo_map/allergen.data/factsheets_Allergy__Shrimp_and_Crab.pdf


3 令和6年度第3回食品衛生基準審議会新開発食品調査部会

消費者庁は2月21日、食品衛生基準審議会新開発食品調査部会を開催し、細胞培養により製造される食品(細胞培養食品)について、細胞の調達、生産工程、収穫工程、食品の加工工程の各段階の課題整理、由来動物・細胞の安全性において想定されるハザードについて議論し、今後ガイドライン案を策定することが検討されました。
https://www.caa.go.jp/policies/council/fssc/meeting_materials/review_meeting_004/041041.html


4 風評に関する消費者意識の実態調査結果の公表

 消費者庁は3月6日、東京電力福島第一原子力発電所事故による被災県の農林水産物等に対する消費者意識の実態調査結果を公表しました。
 事故後14年が経過し、政府は食品中の放射性物質検査を継続し被災地産食品の安全性を確保していますが、そのことを知らない人の割合が6割を超え、1割程度の人が放射性物質の含まれていない食品を買いたいとして、福島県や周辺地域の食品の購入を避けると回答しました。本調査は平成25年(2013年)から開始され、今回で18回目となります。
https://www.caa.go.jp/notice/entry/041338/


5 令和6年度福島県産農産物等流通実態調査結果の公表

 農林水産省は3月14日、福島復興再生特別措置法に基づき、福島県産農産物等の生産・流通・販売について令和6年度調査結果を公表しました。
 調査対象は米、牛肉、桃、あんぽ柿、ピーマン、ヒラメで、出荷量については桃、ヒラメは震災前を上回る一方、米、干し柿、牛肉、ピーマンは減少しました。価格についてはピーマン、ヒラメは全国平均を上回り、 米は、牛肉、モモ、干し柿は全国平均を下回りました。
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/ryutu/R6kekka.html


6 肉用鶏の衛生水準の向上等に関する検討会の中間取りまとめを公表

 農林水産省は3月14日、カンピロバクター食中毒対策を目的として開催した肉用鶏の衛生水準の向上等に関する検討会において、対応の方向性を示した中間取りまとめを公表しました(概要は解説を参照してください)。
https://www.maff.go.jp/j/press/syouan/seisaku/250314.html


7 国際がん研究機関がPFOS、PFOAの発がん性評価書を公表

 国際がん研究機関(IARC)は2月14日、パーフルオロオクタン酸(PFOA)及びパーフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)の 発 が ん 性 の 評 価 を まとめたモノグラフ第135巻を公表しました。両物質は環境中で極めて分解されにくい物質で、PFOAは 1940年代から製造され、表面コーティング剤などに広く使用され、PFOSはこれらに加え、消火剤などにも使用されてきました。工業地、消防士訓練場、廃棄物堆積場など高い濃度汚染を示し、魚介類や卵を汚染することがあります。汚染地域では飲料水、その他の地域では食事と飲料水を通じて暴露するとされています。PFOAは「ヒトに対して発がん性がある(グループ1)」 に 分 類 。 PFOSは「ヒトに対して発がん性がある可能性がある(グループ 2B)」 に分類されています。
https://publications.iarc.who.int/636


8 欧州食品安全委員会は紅麹由来モナコリンの一日摂取量は設定困難と結論

 欧州食品安全委員会栄養・新食品・食品アレルギーパネルは、3 mg/日摂取での紅麹由来のモナコリンKへの暴露が、深刻な有害影響につながる可能性があるとした2018 年の食品添加物および食品に添加する栄養源に関するパネルの懸念を繰り返し、利害関係者が提出したデータを踏まえてもフードサプリメント中の 紅麹 由来モナコリンの一日摂取量を特定することはできないと結論しました。
https://www.efsa.europa.eu/en/efsajournal/pub/9276


(解説)農林水産省が開催した「肉用鶏の衛生水準の向上等に関する検討会」の中間取りまとめについて

1 検討の背景
 カンピロバクター食中毒は、細菌性食中毒としては年間の発生件数が最も多く、年間を通じて発生しています。生または加熱不十分な鶏肉、調理段階でこれらに汚染された他の食品の喫食が主な原因です。鶏肉への汚染は、農場でカンピロバクターに感染し、腸内に保菌した鶏を食鳥処理する際に、消化管が切れてカンピロバクターを含む内容物が鶏肉に付着し、汚染が広がります。
 カンピロバクター食中毒は比較的少量の菌数でも感染が成立するため、きめ細かな汚染防止対策や加熱調理が必要です。このため、鶏肉の生産から消費にわたって、フードチェーン全体で取組を進めなければ、食中毒事案の著しい減少を見込むことは困難と考えられています。

2 中間とりまとめの概要
 農林水産省では、以前からカンピロバクターの鶏生産農場での汚染実態調査やその感染源についての調査、食鳥処理場での鶏肉の汚染実態調査などを実施してきました。昨年9月からは「肉用鶏の衛生水準の向上等に関する検討会」を開催し、カンピロバクター食中毒の予防対策を講じるにあたって、技術面、社会の意識向上の面、情報発信の面のそれぞれの課題について議論し、対応の方向性を取りまとめ、3月14日に公表しました。この検討会には私も参加しましたので、あらましについてご紹介します。

(1)課題への対応
 まず、技術面では、有効な予防対策を検討するための科学的データが不足していることが課題で、産官学が連携した調査実施体制を構築し、鶏肉の生産から消費に至るフードチェーンを通じた定量データを収集し、有効な管理手法の明確化や簡便かつ安価な検査手法の確立などを進めるとしています。
 次に社会の意識の向上の面では、生産者は飼養衛生管理を通じた保菌鶏の低減、食鳥処理事業者は食鳥処理における汚染鶏肉の低減、食品業者は調理提供段階での衛生的な取扱いや加熱の徹底が基本ではあるものの、現状では誤った認識や不適切な取扱いが見られ、フードチェーン関係者をはじめ社会全体に高い衛生意識を定着していくことが課題としました。対応としては、生産者・食品関連事業者による衛生に関する取組の社会に向けた発信として、「自主取組宣言」の仕組の構築や展開を通じた食品安全意識の社会への定着を進めることが必要としました。
 さらに情報発信の面の課題への対応として、効果的な情報提供に基づく行動変容を推進するため、食肉の生食での喫食頻度が高い年齢層(20代から30代)を対象とした取組、小中学生を対象とした取組、飲食店従業員への教育に係る取組を進める必要があるとしました。

(2)「自主取組宣言」とは
 今回提起された「自主取組宣言」は強制力がある規制ではなく、自らの取組を公表して社会規範として位置付け、それを遵守するといった「ソフトルール」を採用した新しいアプローチで、「現状よりも食中毒の発生を低減する方向につなげる」一つの方策としています。特に鶏の生産段階では、鶏がカンピロバクターに感染、保菌しても生産性に悪影響がなく、生産者にとって対策を講じる経営上のメリットが小さいため、「自主取組宣言」には生産者が自主的な取組を促進し、自らの責務を見える化する効果があります。宣言では、食品安全に対する企業理念や衛生管理に係る取組、商品価値を高める取組を社会に対し発信します。こうした情報発信が生産者の衛生意識を高めるとともに、ビジネスにつながり、さらに消費者がその取組に関心を寄せ応援することを通じて全国的な推進活動へと広がることが期待されます。

(3)食品事業者の課題
 この検討会の議論の中で私が注目した課題の一つは、食品事業者の生または加熱不十分な鶏肉のリスクへの認識がまだまだ低いということです。令和3年に東京都保健福祉局が行った「食肉の生食等に関する実態調査報告書」によると、飲食店従事者に正誤形式で質問したところ、「カンピロバクター食中毒は、生又は加熱不十分な鶏肉が原因で起こることが多い」を4割弱が「誤り」(正解は「正しい」)と答えました。これは、①食肉の生食リスクの軽視、②新鮮な食肉なら安全といった誤解、③消費者の嗜好性の訴求などが原因と考えられ、飲食店を含めた幅広い層に対し、正しい知識の理解と行動変容が求められることが指摘されました。

3 おわりに
 今回導入するとされた生産者などの「自主取組宣言」は、強制力がある規制ではなく、自らの取組を公表して社会規範として位置付け、それを遵守するといった「ソフトルール」で、強制規制がとりにくい分野でのリスク管理の在り方を考える上で試金石となると考えられ、今後の動向をフォローしてみたいと考えています。
 また、食品事業者の正しい知識の理解と行動変容を促すため、飲食店、製造施設などで選任される食品衛生責任者への講習会の充実やこうしたリスク認知を高める取組みを進める必要があります。