食品衛生行政の動き(国を中心に) 2025年8月

株式会社 中部衛生検査センター 顧問 道野 英司

※URLは2025年8月20日時点

1 と畜検査対象疾病にランピースキン病を指定

 厚生労働省は7月 28日、と畜場法施行規則の一部を改正する省令の施行し、ランピースキン病をと畜検査の対象疾病に指定しました。家畜伝染病予防法の本病に関する政省令の整備に伴う対応です。なお、本病を疑う牛が農場等において認められた場合には、家畜保健衛生所等において全て本病の遺伝子検査が実施され、陰性が確認されない限り、と畜場への出荷等の流通はされません。

(改正省令新旧)
https://laws.e-gov.go.jp/law/328M50000100044?tab=compare

(施行通知)
https://www.mhlw.go.jp/content/001524834.pdf

(事務連絡)
https://www.mhlw.go.jp/content/001524833.pdf


2 「高度な機能」の条件を満たす自動販売機の機種のリストの更新

 厚生労働省は8月4日、都道府県等に対し、営業届出の対象となる「高度な機能」の条件を満たす自動販売機の機種のリストの更新について通知しました。

https://www.mhlw.go.jp/content/001530929.pdf


3 第35回食品衛生管理に関する技術検討会の開催

 厚生労働省は 8月6日、食品衛生管理に関する技術検討会を開催し、ソフトクリーム衛生協会・日本ソフトクリーム協議会が策定した衛生管理計画手引書案の確認を行いました。

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/other-syokuhin_436610.html


4 中国産だいこんを検査命令の対象に指定

 厚生労働省は8月12日、中国産だいこん類の根の残留農薬チアメトキサムについて、食品衛生法第26条第3項に基づく検査命令(輸入届出ごとの全ロットに対する検査の義務づけ)を実施することとし、各検疫所長あて通知しました。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_61291.html


5 ベトナム産リュウガンを検査命令の対象に指定

 厚生労働省は8月15日、ベトナム産リュウガンの残留農薬トリシクラゾールについて、食品衛生法第26 条第3項に基づく検査命令(輸入届出ごとの全ロットに対する検査の義務づけ)を実施することとし、各検疫所長あて通知しました。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_61680.html


6 2025年1-6月(上半期)の農林水産物・食品の輸出実績

 農林水産省は8月4日、2025年上半期の農林水産物・食品の輸出額は、8,097億円となり、2024年同期比で15.5%の増加、1,086億円の増加となったことを公表しました。輸出先は、1位米国、2位香港、3位中国でした。

https://www.maff.go.jp/j/press/yusyutu_kokusai/kikaku/250804.html


(解説)「5年目を迎えたHACCP制度」

 平成30年の食品衛生法改正で制度化され、令和2年に施行された「HACCP(ハサップ)に沿った衛生管理」は今年で5年目となりました。

1 HACCP制度の趣旨、概要
 この制度改正は、国内の食中毒事件数の下げ止まり、高齢化に伴う食中毒リスクの上昇、異物混入による食品回収件数の増加、グローバル化などを背景に一層の食品の安全性向上のための取組が必要との観点から、フードチェーン全体で国際標準と整合性のとれたHACCPによる衛生管理に取り組むために行われました。
 具体的な制度の内容としては、原則、全ての食品事業者が、①食品の取扱い施設や設備の清潔保持、従事者の健康確認などの一般衛生管理と②食中毒などの健康危害の発生を防止するために特に重要な加熱調理、殺菌などの工程管理から構成される衛生管理計画を作成し、順守することを求めています。国際基準で定められた「HACCPに基づく衛生管理」が原則ですが、飲食業者、小規模事業者などについては、「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」、すなわち業界団体が作成し、厚生労働省が確認した「業種別手引書」による対応を可能とし、人手が限られ、専門知識が不足していても実施できる仕組みです。


2 制度の施行状況
 厚生労働省が令和3年から5年の間に行った「HACCPに沿った衛生管理」の実施状況の調査を行ったところ、有効回答の中では、飲食業者の75%、製造加工業者の77%、販売業の78%が全部又は一部実施しているとしました。いずれの事業者区分においても「「HACCPに基づく衛生管理」を実施している」と回答した事業者の割合は、従業員数が多い事業者に多くみられました。一方、従業員数4人以下の事業者では、業種別手引書により対応する「「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」が導入できていない」との回答がもっとも多くみられました。
 また、HACCPの導入効果については業種により差はあるものの、「品質・安全性が向上した」と製造加工業、販売業では50%、飲食業では約85%が回答したほか、「経営者、従事者の安全衛生意識の向上」があげられました。一方、HACCP導入の課題として、飲食業においては「行政からの研修や指導を受ける適切な機会が少なかった」、飲食業と製造加工業の両者で「HACCP導入の手間(金銭以外)」との回答が多くみられました。
 業種別手引書については、令和7年8月1日現在、117の業種について作成、公開され、調理、製造加工、販売などフードチェーンのほとんどがカバーされています。業種別手引書が「役に立った」との回答は、「HACCP の考え方を取り入れた衛生管理」では飲食業で 97.2%、製造・加工業で 94.1%、販売業で93.1%でした。その理由は「内容がわかりやすい」、「衛生管理計画の様式と例が利用できた」が多くみられました。


3 EUにおけるHACCP制度の検証
 EUでは、欧州委員会規則を2004年に定め、規模や業種に関係なく、全ての食品事業者 にHACCPによる衛生管理の導入を義務付けています。各加盟国政府や関係団体は、小規模事業者、飲食店、小売店でも実践できるガイダンスを策定するなどの支援を行っており、日本と類似した制度と言えます。制度化から10年が経過した2015年に制度の検証結果を「Better HACCP Implementation、EUにおけるHACCPの導入状況及び改善分野」と題して公表しました。内容は日本のような実施割合ではなく、制度の内容に重点を置いており、参考となります。

➀HACCPの基本的な考え方が、一部の行政機関や事業者に十分理解されていないため、現場への導入と監視指導に不一致を生じている。
➁事業者と行政機関の双方において、一般衛生管理と重要工程管理の違いについての理解不足が広くみられ、一般衛生管理が十分されていない状態でCCPを設定し管理する、一般衛生管理によって管理されるべき危害要因に対してCCPを設定する(特定の危害要因が一般衛生管理によってより適切に管理できる場合、CCPを設定する必要はないという理解の欠如している)状況が生じている。
➂ハザード分析、CCP、検証についての誤解が広くみられ、不正確で不完全な危害要因分析、過剰なCCPの設定や不適切なCLの設定、化学的危害要因の見落し、モニタリングが不足、「モニタリング」と「検証」と「バリデーション」の概念の混同、弾力的運用(flexibility)の解釈の混乱などが見られる。
➃行政機関間、さらには検査官間でも、監視指導に大きなばらつきがあり、関係団体からは行政機関や検査官の監視指導手法に一貫性がないと大きな批判がある。
➄行政機関の職員の技術的能力が不足しており、研修プログラムを改善して制度の解釈、監視指導の一貫性を確保し、システムの効率性を向上する必要がある。
➅一部の事業者がHACCP制度を行政当局の要求を満たすための形式的なものと捉えている。

 この検証結果を受けて、2016年には一般衛生管理、弾力的な運用等を含むガイダンスを通知し、2021年にはアレルゲン管理とフードセーフティカルチャーの導入を追加要件にするとともに、関連した国際規格の改正も働きかけました。


4 今後の課題
 わが国では新制度の制定から5年経過後に検証が行われる仕組みとなっています。厚生労働省ではHACCP制度を含めて、平成30年の食品衛生法改正内容について、施行されて5年目となるので検証を進めるとしています。これまでの施行状況調査で、飲食店営業や小規模、特に零細な事業者へのHACCPの導入や定着が課題となっており、研修機会の不足、HACCP人材の不足、モニタリングや記録のための人手不足などが指摘されいます。特に零細な飲食業者への「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」の導入、定着は食中毒事件の防止の観点からも大きな課題です。飲食業は経済上、規制上の参入のハードルが他の食品製造加工業よりも低いため、産業分類上もっとも開業率、廃業率が高い業種です。常に多くの新規事業者が存在するため、現状の6時間程度の食品衛生責任者講習会の受講だけではHACCPの導入割合の向上や定着を図ることは容易ではなく、食品衛生責任者を継続的に教育するシステムが必要です。
 また、EUのHACCP制度の検証で明らかとなった課題の一部については、制度改正時の食品衛生監視員の研修会の開催、業界団体作成の手引書の充実などで対処したものの、依然としてHACCPの基本的な考え方や弾力的な運用についての理解促進、行政機関の運用の統一性の確保や食品衛生監視員の資質向上、事業者におけるHACCPの効果的運用と形骸化防止など同様の課題が国内でも確認されると思われます。
 現在、厚生労働省では令和3年から5年の間に行った施行状況調査のフォローアップ調査を行っており、その後検証作業を進めることが見込まれます。