食品衛生行政の動き(国を中心に) 2025年10月
株式会社 中部衛生検査センター 顧問 道野 英司
※URLは10月20日現在
1 「従業者が常駐せず全自動調理機を用いて行う飲食店営業」に関する運用上の留意事項の発出(通知)
厚生労働省、消費者庁は9月30日、都道府県等に対して、従業者が常駐せず全自動調理機により調理された食品を販売する営業の施設基準(本年7月の食品衛生法施行規則改正)に関する衛生管理計画策定の際の従業者や施設等の衛生管理の留意事項について関係営業者への指導を依頼しました。https://www.mhlw.go.jp/content/001580639.pdf
2 ノロウイルスによる食中毒の予防について
厚生労働省は10月16日、都道府県に対してノロウイルス食中毒の流行期を前に食品事業者への指導の実施、食中毒発生時の厚生労働省への速報、原因調査の留意事項等について通知しました。あわせて、「ノロウイルス食中毒予防強化期間」における事業者や消費者への啓発活動について、地域の食品衛生協会との連携を依頼しました。※「解説」参照。
https://www.mhlw.go.jp/content/001580520.pdf
3 食品、添加物等の規格基準の一部改正
消費者庁は10月7日、食品、添加物等の規格基準の一部の改正を告示し、食品中の 農薬3品目、動物用医薬品1品目の残留基準を設定、改正しました。また、概要等について都道府県等に通知し、関係者への周知を依頼しました。(告示)
https://www.caa.go.jp/policies/policy/standards_evaluation/pesticide_residues/notification
(通知)
https://www.caa.go.jp/policies/policy/standards_evaluation/pesticide_residues/notice/assets/standards_cms208_2501007_01.pdf
4 令和6年度特別用途食品、特定保健用食品、機能性表示食品の成分に関する検証事業の結果の公表
消費者庁は10月14日、「令和6年度特別用途食品(特定保健用食品を除く。)に係る栄養成分等、特定保健用食品に係る関与成分及び機能性表示食品に係る機能性関与成分に関する検証事業(買上調査)」の結果を公表しました。調査対象100検体のうち、機能性表示食品1検体について、申請等資料に記載された含有量を下回る結果となりました。当該事業者は当該商品の販売を中止し、届出を撤回しました。https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/information/research/report_01/assets/food_labeling_cms203_251014_01.pdf
(解説)ノロウイルス食中毒の予防に向けて
1 はじめに
ノロウイルスは1960年代に米国の小学校で急性胃腸炎の集団発生の患者の便から発見され、小型球形ウイルスと呼ばれていました。食品衛生法では1997年に小型球形ウイルスとして食中毒の病因物質の分類に追加、2003年には名称がノロウイルスに変更されました。ノロウイルス食中毒は冬期を中心に飲食店、給食施設、仕出し屋、旅館などで発生し、患者数が100名を超える集団食中毒事件も少なくありません。令和6年の食中毒発生件数の約3割、患者数の約6割を占め、過去3年連続で増加し、本年1月から8月までの患者数は1万人を超え、昨年1年間の患者数8千6百人を上回っています。2 ノロウイルスの特徴
ノロウイルスはRNAを遺伝子とする小型の球形ウイルスで、一部の遺伝子型がヒトに感染するとされ、GII/4という遺伝子型が全世界的に流行しています。食品や便から生きたウイルスを分離し実験室で増やすことができないため、食中毒の原因究明や感染経路の特定が難しいとされています。ウイルスは主に経口感染して主に小腸で増殖し、おう吐、下痢、腹痛などを起こし、吐物が気道に詰まり死亡することがあります。また、ワクチンがなく、治療は輸液などの対症療法です。
ノロウイルスを加熱によって死滅させる条件は85~90℃、90秒間以上であり、一般的な食中毒細菌(有効な加熱条件は75℃、1分以上)よりも熱に強いことに留意が必要です。
また、ノロウイルスには消毒用アルコールは効果が低く、塩素系消毒剤(次亜塩素酸ナトリウム、亜塩素酸水、次亜塩素酸水など)による消毒が効果的です。手指などにアルコール系消毒剤を使用する場合にはノロウイルスに対する不活化効果を期待できるものを使用する必要があります。
3 ノロウイルスの感染様式
ノロウイルスは非常に感染力が強く、10個から数十個の経口摂取で感染が成立すると考えられています。感染者の便1グラム当たり最大100億個のウイルスが排出されるため、目に見えない量の感染者の便でも他の人への感染リスクがあります。実際、感染者が汚染した食品や水、汚染海域で捕れた二枚貝に加えて、日常生活の中で感染者の手指や塵埃、飛沫を介して感染が発生しています。便や吐物の処理について、ウイルス汚染が広がらないように次亜塩素酸ナトリウムで消毒し、ノロウイルスによる環境汚染防止を徹底することが求められるのはこうした事情があるためです。
4 ノロウイルス食中毒の予防対策
ノロウイルス食中毒の80%が食品取扱者からのウイルス汚染が原因とされています。これは冬期に家庭、保育所、学校、高齢者施設などの日常生活の中で感染者の便に含まれるノロウイルスが様々な経路でノロウイルス感染を広げ、地域での散発発生、さらに流行を引き起こしているため、日常生活の中の感染リスクが高まっているためです。(1)食品取扱者の健康管理
食品衛生法では、食品取扱施設の一般衛生管理において食品取扱者の検便などの健康診断や始業前の食品取扱者の健康チェックを求めています。検便でノロウイルス陽性となった、下痢、嘔吐などの症状がある場合には食品を取り扱う作業を避けることを求めています。とは言え、検便については経済的負担が大きく、当然のことながら検体採取後の感染は確認できません。また、健康チェックについては、ノロウイルスには一定割合で無症状の病原体保有者が存在し、下痢などの症状には様々な程度があり、申告しない場合も想定されます。
「大量調理施設の衛生管理マニュアル」(厚生労働省通知、以下「厚労省マニュアル」)では、流行時期の10月から3月までの間に月1回以上、又は家族などに感染性胃腸炎が疑われる有症者がいる際や病原微生物検出情報の検出増加時などに実施に努める旨の規定しており、べんとう、そうざい、製パン、セントラルキッチン、旅館、ホテルなどのHACCP導入のための手引き書では、ノロウイルスの検便の実施を求めています。
(2)手指を介した食品汚染の防止
食品衛生は正しい手洗いが基本とされ、食品事業者向けの正しい手洗いの方法の詳細については、厚生労働省や公益社団法人日本食品衛生協会、資材メーカーなどから情報が提供されているので参考になります。
また、厚労省マニュアルでは耐水性の使い捨て手袋を使用する場合でも① 作業開始前及び用便後、② 汚染作業区域から非汚染作業区域に移動する場合、③ 食品に直接触れる作業にあたる直前、④ 生の食肉類、魚介類、卵殻等微生物の汚染源となるおそれのある食品等に触れた後、他の食品や器具等に触れる場合、⑤ 配膳の前に手袋の交換を求めています。
5 さらなる予防に向けて
ノロウイルス検査は最近広く普及し、価格も下がっており、公的機関から提供される地域の感染性胃腸炎の流行状況や施設内のノロウイルス感染の発生状況に応じて、調理従事者の一部又は全部を対象としたスクリーニング検便を実施することが可能となってきています。また、食品産業の現場では食品取扱者に以外の事務担当者などの従業員全員を健康チェックの対象としている施設もあります。一方で人手不足が深刻な状況も踏まえると、無症状病原体保有者、家族が下痢などを発症している健常者を単に自宅待機とするのではなく、感染防止対策を徹底して飲食物への汚染リスクが低い作業に変更するなどの対応も考える必要があります。手洗いについては、正しい方法を再現性良く継続するには、食品取扱者の手洗い方法のチェックや教育訓練を粘り強く継続することが重要です。また、爪ブラシについては清潔な状態での維持管理の難しさや皮膚を傷つけるリスクなどから使用しない施設もあります。
こうした中で加熱せずに摂取する食品や加熱調理済み食品を取り扱う工程でのニトリル手袋など耐水性のある使い捨て手袋の活用は有効な予防対策です。選択に当たっては食品衛生法の規格基準への適合、異物混入を避けるための十分な強度、さらに作業性や価格などの経済性を考慮する必要があります。また、導入に際しては着用前の手洗い、手袋表面の汚染を避ける着用手順、交換のタイミングなどのルールを定め、教育訓練を行う必要があります。未導入施設では、前述の大量調理マニュアルで求められている手袋交換のタイミングが少ない、すなわち同じ調理工程を継続して担当するラインで、1時間毎など定期的な交換と組み合わせて活用し、リスク軽減を図ることが可能です。
加えて、食品取扱者は日常生活においても、事業所内と同様の手洗いや二枚貝の衛生的に取扱い、便や吐物の処理の消毒や環境汚染防止の徹底し、感染リスクを低減することが重要です。
6 おわりに
ノロウイルスは感染力が非常に強いため、感染した食品取扱者からの調理行為を通じた食品への汚染を防止することが重要であり、食品取扱者の健康チェック、手洗い、手袋使用、便や吐物の処理などリスク軽減措置を重層的にかつ精密に再現性高く実施することが重要です。公益社団法人日本食品衛生協会では、ノロウイルスによる食中毒の予防を目的に、厚生労働省、消費者庁などの関係省庁、地方行政関係団体、消費者団体、食品関係団体、食品等事業者などの協力を得て、毎年11月から2月までを「ノロウイルス食中毒予防強化期間」と定め、自主的な衛生管理の徹底、予防に関する情報提供を推進するとともに、食品衛生指導員の「手洗いマイスター」による適切な手洗いの普及に取り組んでいます。
ノロウイルス食中毒予防期間を契機にこれらの対策の検討や点検をお勧めします。また、ノロウイルス食中毒の発生原因を見ると、近年減少していたカキを原因とする事件が発生増しており、生産段階での生食用カキや水質の検査の強化が必要なようです。