測定値の“確からしさ”と“不確かさ”

東海大学海洋学部水産学科食品科学専攻
荒木惠美子



 「測定は不確かである」と聞けば多くの人々は、「そんなことがあってよいのか」、「測定値は正しく確かでなければ困る」と言うだろう。しかし、どなたでも、x±yという表記を目にしたことはあるはずである。最近、筆者はごくシンプルなデジタル体重計を購入した。その製品仕様書には、表示単位は、5~100kgまでは50g、100~150gまでは100gと規定されているものの、精度保証範囲には「本製品は計量法で定められた技術基準に基づいて製造、検査している。使用の場合ははかった体重に対し、次の範囲で精度を保証する」という記載がある。はかる重さが5kgを超え、75kgまではかる場合は±100g、75kgを超え、100kgまではかる場合は±150g、100kgを超え、150kgまではかる場合±300gとなっている。この±yは、一般に精度あるいは誤差と言われているが、実は“不確かさ”というパラメータである。そんな記載があることは瞬時に忘れ、体重計に乗り一喜一憂している昨今である。測定データを解析してみると、どうやら汗の量よりビールの量の方が多いことが推定される。

 それはさておき、測定値にはもれなく“不確かさ(uncertainty)”が付いているのである。1980年代からの急速なグローバリゼーションによって、世界各国のさまざまな測定値が相互に信頼できるものであることが重要になった。特に1995年に発効したWTO(世界貿易機関)の「貿易に技術的障害に関する協定(TBT協定)」は、グローバル市場における基準および認証に関する基本的なルールを提示している。TBT協定の対象は有形の製品だけでなくサービスも含まれている。人の健康や環境影響に関わる試験検査やそれらの試験に用いられる計測機器の校正は、このサービスに含まれる。TBT協定のもと国際相互承認は、試験結果の信頼性が頼みの綱である。試験や校正の結果が目的に対して有効であると認められるには、それに携わった試験所あるいは校正機関が適切な能力を有することを実証しなければならない。したがって、今日、各国が試験所認定システムを運用し、その認定を受けた試験所が発行する試験結果は、他国でも受け入れる相互承認の仕組みが構築されつつある。現在、試験所認定に用いられる国際的な要求事項はISO/IEC 17025:2005(JIS Q 17025:2005、試験所及び校正機関の能力に関する一般要求事項)である。

 このISO/IEC 17025の中に、“試験所は、測定の不確かさを推定する手順を持ち、適用すること”が求められている。計測機器の校正分野では1990年代から旧来の“ばらつき”に変えて“不確かさ”を用いることへのコンセンサスが得られていたが、その他の試験検査分野では、当面“試験方法または依頼者からの要求によって”、結果に“不確かさ”を付けて報告すればよいことになった。

筆者は1998年の夏、食品分析分野の国際的な組織であるAOAC INTERNATIONALの年次大会に参加したおり、“不確かさ”のシンポジムが開催されていたので聴講した。シンポジストはミスターAOACと呼ばれたウイリアム ホルビッツ氏(故人)と、当時、英国MAFF(農務省)(その後、FSA(食品基準局)、すでに退職)のロジャー ウッド氏であった。聴講者は世界から集まった食品分析分野の研究者・技術者であったが、筆者を含め皆一様に“不確かさ”って何?という顔つきで、二人の議論について行くことはできなかった。翌年、筆者らはAOAC INTERNATIONAL日本セクションを立ち上げ、議論を深めてきたが、未だに“不確かさ”を試験結果のユーザーに納得してもらえるほど分かり易く説明することができない(何しろ皆がしり込みする統計学が基本なので)。

 

食品分野の試験検査の特徴は、サンプリングが難しいこと、試験対象物質が多様であること、それらの濃度範囲が広いこと、試験対象物質および食品構成成分が変化しやすいことなどが挙げられる。そのため今日でも“不確かさ”を結果に付けて報告することはほとんどない。それは“不確かさ”がないということではない。食品衛生法に基づく登録試験機関に要求されている業務管理要領でも「不確かさの評価の検討に務めること」と記載されている。2011年3月11日に発生した地震に伴う原発事故以来、食品中の放射性物質濃度に関心が高まっているが、放射性物質の測定も同様である。測定方法によって測定値の定量下限と“不確かさ”が決まる。放射性物質濃度が0(ゼロ)ということは常識的に考えてありえない。なぜなら元来、地球上には自然放射線も存在し、さらに20世紀後半の人為的汚染が加わったからである。定量下限は測定方法、主に測定機器の性能、試料量、測定時間およびコストによって決まる。現実的には定量下限以下を「検出せず」と書かざるを得ない用語の混乱もあり、消費者(あるいは流通)のゼロ信仰への歯止めはかかっていない。

 

食品の安全性、品質管理の確保・向上に試験検査は重要な役割を果たしているが、存外奥が深いものでその道は平たんではない。これからも確かな“不確かさ”を究め、社会に貢献すべく様々な方法を模索して行きたい。(2012年8月27日)