荒木惠美子先生のコラム、『HACCP講習会に思う「復習は力なり」』を掲載しました。

HACCP講習会に思う「復習は力なり」


東海大学海洋学部水産学科
食品科学専攻 荒木惠美子森田邦雄

筆者は日ごろの授業で「何事も予習のチャンスは1回しかないが,復習は何度でもできる」と言い続けています。ちょっとかじって分からないから,難しいそうだからとあきらめてはいけません。筆者自身,はじめてHACCPという用語に触れた20年ほど前には,何やら難しそうだと思っていました。ところがある切っ掛けで何度も復習することになり,やがて理解が深まりHACCP*は科学的・合理的で,かつ常識的なシステムであることを得心したのです。  それは1997年12月,米国で水産食品HACCP規則が義務化されたことでした。米国に輸出する水産食品を製造している日本の企業もその規則を順守しなければならないことになりました。規則が公布された1995年以来,わが国にありがちな「しばらく動向を見よう」ということになっていましたので,「さあ大変。どうしよう」となりました。調べると全米水産食品HACCPアライアンスが組織され,中小零細企業から食品衛生監視員さらには講師までもが,HACCPを学ぶための分かりやすい教育訓練教材が開発され,併せてFDA(食品医薬品庁)がハザード管理の指針を発行したことが分かりました。教材には3日間の講習会の標準的な時間割が示されていて,順序よくHACCPが学べる構成となっていました。そこで社団法人大日本水産会は,わが国の水産加工業者の皆さまが米国水産食品HACCP規則を順守して対米輸出ができるよう,それらの教材・指針を翻訳し1997年の夏にHACCP講習会をスタートさせました。以来,毎年数回開催しており,2012年11月現在までに開催回数84回,受講者3,073名の実績を誇るHACCP講習会となっています。
 筆者はそのHACCP講習会の第2回目から何度か講師を担当しています。さらに実際に食品製造・加工の現場でHACCP構築のお手伝いをさせていただくうち,教材に記載されているフレーズ「HACCPは常識的である」が実感となりました。とくにHACCPに取り組む際は社内にHACCPチームを作って活動しますが,筆者を含めチームメンバーは同じ教材で学んだ同士ですから議論が弾みます。よくできた教材だと思います。
 HACCPは食品安全ハザードを科学的・合理的に管理しようと1960年代,宇宙食開発時に考案され,1973年に体系化されたシステムです。1993年にFAO/WHO合同国際食品規格委員会(Codex委員会)がHACCP適用の指針(7原則・12手順)を策定したことから,食品安全管理の国際標準になりました。HACCPが広く利用される理由は,食品中の重要なハザードの管理に焦点を当てていることと,検証が可能なシステムであることです。定期的な検証によりシステムが機能していることを評価し,弱点や問題があればシステムを直して行く。まさにPDCA(Plan, Do, Check, Act)サイクルそのものです。HACCPにおける検証活動は複数ありますので,3日間の講習会ですべてを理解することは難しいと思います。しかし講習会の教材・指針を繰り返し読み,実際にHACCPを運用することで理解が深まって行きます。HACCPは,まずはスタートさせ定期的に検証を行うことで進化して行くシステムです。
 最も頻度の多い検証活動はモニタリング記録の「見直し」と言われるものです。重要管理点が適切に管理されていたことをモニタリングの記録で確認することです。この「見直し」の原文はreview。手元の和英辞典を調べたところ「review:復習する」とありました。検証とは,問題点を見つけてやろうというネガティブ(ちょっと意地悪)なニュアンスでなく,冷静に振り返って見ることです。よいこと,すなわち食品が安全に製造されていることを確認するポジティブな活動なのです。こう考えれば検証は難しくも辛くもありません。
 筆者にとって大日本水産会のHACCP講習会の講師をお引き受けしたことが,今日に繋がる切っ掛けとなりました。わが国では幾つかのHACCP講習会が定期的に開催されていますので,食品産業に関わる多くの皆様にはHACCP講習会を一度,受講されることをお勧めします**。もちろん複数回の参加も大歓迎です。自社に戻り社内講師となってHACCP普及の推進力となっていただきたいと思います。復習(review)は何度でもできます。講師が受講生の質問に対してフォローするのは使命ですから,社内講師になれば必然的に復習ができます。これからも筆者自身,皆さまと共によいHACCP講習会を創り,それを通じて食品安全に貢献できるよう復習と予習を重ねて行きたいと思っています。

(2012年12月14日)


* HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point):わが国では危害(要因)分析および重要管理点(ハサップ,ハセップ)と呼ばれています。最近注目されているISO 22000(食品安全マネジメントシステム要求事項)はHACCPを組み込んだ規格です。
** 大日本水産会のHACCP講習会が2013年3月7日~9日,東海大学海洋学部で開催されます(リンクのpdfをご参照ください)。