サルモネラ属菌の健康被害に関する話題

(株)中部衛生検査センター
 学術顧問
小沼 博隆

 サルモネラ (Salmonella) は、動物の消化管に生息する腸内細菌科に属するグラム陰性通性嫌気性桿菌で、ヒトや動物に対して病原性を示します。ヒトに対して病原性を示すサルモネラは、腸チフスやパラチフスを起こすもの(三類感染症に指定)と感染型食中毒を起こすもの(Salmonella TyphimuriumやSalmonella Enteritidisなど)に大別されます。食品衛生の分野では、後者にあたる食中毒の原因となるサルモネラを特にサルモネラ属菌と呼んでいますが、一般的には、これらを指して狭義にサルモネラあるいはサルモネラ菌と呼ぶこともあります。
 本稿では、サルモネラ属菌の健康被害に関して、海外を含む現状、食中毒事例および予防法などを記述します。

サルモネラの特徴

 サルモネラには、2,600種類以上の菌種(血清型)が存在し、動物の腸管内や河川、湖沼、下水、土壌などの自然環境に広く分布しています。動物では、牛、豚、鶏などの家畜で10~30%、イヌやネコで3~10%、カメで50~90%がサルモネラを保菌していると報告されています。本菌は、乾燥や低温に強く、土壌中で数年間生存し、冷凍しても完全には不活化(死滅)されません。
 サルモネラ食中毒は、菌に汚染された食品を経口的に摂取することにより感染し、感染後、通常6~72時間で激しい腹痛、下痢、発熱、嘔吐などの症状が出現し、菌種によっては、長期にわたり保菌することもあります。乳幼児、高齢者および免疫力の落ちている人が感染した場合には、重症化し、死亡する事例も見られます。なお、原因食品としては、卵またはその加工品、食肉(鶏肉、豚肉など)、うなぎ、すっぽん、乾燥イカ菓子および二次汚染による各種食品などで、食中毒は、菌が増殖しやすい7~9月の夏期に多発します。

わが国における食中毒事例

 わが国における最大のサルモネラ食中毒事件は、昭和11年に静岡県浜松市の浜松第一中学校で発生したもので、サルモネラに汚染された餡を使用して製造された9,000個の大福餅が運動会で配られ、それを食べた生徒、職員、家族2201人が患者(内死者44人)となる大規模食中毒事件として記録されています。この事件とは異なるが生餡からサルモネラを分離した経験があり、サルモネラ汚染は、ネズミやゴキブリなどからであろうと考察したことを覚えています。また、サルモネラ食中毒おける死亡事例は、「昆布の煮物」、「生卵入りオクラ納豆」、「生卵」、「卵サンドイッチ」および「さば寿司」を原因食品とした事例で各々1名が死亡しています。

米国におけるサルモネラ食中毒の現状

 CNNの報告によると、食肉から果物まで様々な食品の自主回収が相次ぐ米国で、食中毒により健康被害を起こしたり、死亡したりする人が、過去2年で44%増加したことが、米消費者団体の公益研究グループ(PIRG;US Public Interest Research Group)がまとめた報告書で明らかにされています。また、2012年10月のPIRGの報告によると、米国では毎年約4,800万人に食中毒を原因とする健康被害が発症しています。また、2010年の食中毒発症状況を国の健康目標基準と照らし合わせてみると基準以下に収まったのは腸管出血性大腸菌O157を原因とする食中毒のみで、サルモネラを原因とする食中毒は基準値の3倍に上っています(米国では以前から毎年140万人がサルモネラに感染し、約600人死亡)。

爬虫類、両生類、鳥類およびネズミなどからのサルモネラ感染事例

○ 2001年カリフォルニア州のある病院の救急センターに血液の混じった下痢と発熱が見られた生後3ヶ月の乳児が搬入され、乳児の便からSalmonella Nimaが分離されました。また、乳児の父親は生物学の教師で、教室で大蛇を自分の肩によく掛けており、その大蛇の便から 乳児と同じ菌が分離されました。

○ 2002年コネチカット州のある病院に血液の混じった下痢と発熱、腹痛が見られた生後21ヶ月の幼児が入院し、幼児の血液と便からSalmonella Poonaが分離され、幼児の6歳の兄も血液の混じった下痢と発熱があり、便から同じ菌が分離されました。また、同家で飼育しているペットのイグアナの便からも同一菌が分離されました。

○ 2011年2月25日から10月10日の間に米国24州で、Salmonella Altonaで68例、Salmonella Johannesburgで28例の下痢症などを発症し、原因は、発病の前の週に生きている家きん(ひよこやあひるの子)との接触が挙げられた。

○ 2012年、全米28州からペットのハリネズミ(hedgehog)から感染したと考えられるSalmonella Typhimuriumによるサルモネラ感染症の報告が増加しており、ワシントン州で1人が死亡しました。

諸外国における種々の食品によるサルモネラ食中毒事例

○ 1996年にオーストラリアでのピーナッツバターを食べて発症したSalmonella Mbandakaによる食中毒。

○ 1973年12月から1974年2月にアメリカ23州で80例、カナダで39例のクリスマス用にラッピングされたチョコレートを食べて発症したSalmonella Eastbourneによる食中毒。

○ 1987年にノルウェーの会社が製造したチョコレートを食べて発症した、ノルウェーで349例、フィンランドで12例のSalmonella Typhimuriumによる食中毒。

○ 2000年12月から 2001年4月にカナダでSalmonella Enteritidisに汚染された生アーモンドによる食中毒。

○ 2001年 オーストラリアにおいてSalmonella Stanleyに汚染されたピーナッツによる食中毒。

○ 2001年ドイツおよびスウェーデンで25症例、ノルウェーで29例、オーストラリアで17例のトルコ産ハルバ(ゴマ菓子)を食べて発症したSalmonella Typhimurium DT104による食中毒。

○ 2001年10月頃から2002年にかけて、ドイツで約400名、デンマークで17名、その他の国でも同型菌感染者が多発したドイツ製のチョコレートを原因としたSalmonella Oranienburgによる食中毒。これらの事例では、原料のカカオがサルモネラに汚染されており、チョコレート製造の際にあまり高い温度がかけられなかったために殺菌されず、乾燥にも比較的強いために少量の菌が長期にわたって生残し、さらに喫食時にも油脂にコーティングされていて胃酸でも死滅せずに腸管に達し、感染が成立したものと考えられている。

○ 2003年3月から2004年4月にアメリカ、カナダで発症したSalmonella Enteritidisに汚染された生アーモンドによる食中毒。

○ 2003年オーストラリア(55人)、ニュージーランドおよびスウェーデンなどで発症したSalmonella Montevideoにより汚染されたエジプト産タヒニ(ゴマペースト)による食中毒。

○ 2006年~2007年アメリカで400名以上が発症したピーナッツバターによるSalmonella Tennesseeによる食中毒。

○ 2008年11月~2009年4月全米46州およびカナダで700名以上が発症したピーナッツバター(加工:アメリカ、カナダ)によるSalmonella Typhimuriumによる食中毒。(200社以上の企業が2,100種類以上の製品を回収)

○ 2008年6月米国30州で869人(107人入院)が発症したSalmonella Saintpaulによる食中毒。原因食品は、特定の種類のトマトと関連付けているが汚染の原因は明らかでない。

○ 2009年米国内42州にまたがって発症したロードアイランドのサラミソーセージ製品によるSalmonella Montevideo食中毒。

○ 2010年5月からサルモネラが原因の食中毒の件数が、例年の4倍以上に増加している状況を受け、中西部・アイオワ州にある鶏卵出荷会社が出荷した鶏卵のうちおよそ2億3,000万個がサルモネラに汚染されている恐れがあるとして、8月13日から自主回収が行われた。8月25日現在、その数は約5億5,000万個まで拡大した。米国疾病対策センター(CDC)によると、サルモネラが原因とみられる食中毒患者は約3,578人に上った。

○ 2011年7月23日付けにてFDAが下記のリコールを発表した。パパイヤを食べた米国23州の97人が発症(10人が入院)したSalmonella Agonaによる食中毒。

○ 2012年1月~7月にかけて全米27州およびワシントンD.C.で寿司(インド産の冷凍された生キハダマグロ)により425人が発症したSalmonella BareillyおよびSalmonella Nchangaによる食中毒。

サルモネラ食中毒の予防

1. 食肉や鶏卵などを取り扱った手指や調理器具はその都度必ず洗浄消毒すること。(二次汚染防止)
2. 鶏卵は新鮮なものを購入し、使用すること。
3. 鶏卵は購入後冷蔵保管し、生食するのであれば表示されている期限内に行うこと。
4. 割卵後は直ちに調理して早めに食べること。なお、卵の割り置きは絶対しないこと。
5. 食肉などは低温で扱うこと。しかし、過信は禁物。二次汚染にも注意。
6. 調理の際は食品の中心部まで火が通るように十分に加熱(75℃以上、1分以上)すること。
7. 検便を励行すること。
8. ネズミ、ゴキブリ、ハエなどの駆除を確実に行うこと。
9. 動物に触ったり、飼育ケージの掃除等をした後は、手をよく洗うこと。
10. 幼児は抵抗力が弱く、手を口に入れたりすることも多いので、ペットとしてハ虫類を飼う場合は、衛生知識のある大人による飼育管理が必要です。
★: 水棲カメは頻繁な水換えが必要で 米国ではサルモネラ症感染防止の見地から、甲長4インチ未満の小型カメの商用販売が禁止されています。

おわりに

 サルモネラ食中毒は、世界的に見ても最も一般的な食品媒介性疾患の一つです。これらの感染の大半は動物に起因し、汚染された食品を介してヒトに感染する人畜共通感染症です。サルモネラ属菌は、主に食用動物が保有し、先進諸国における主要な感染源は畜産物で、とりわけ、鶏卵と生肉です。しかも、サルモネラ食中毒の発生数が増加した原因は、1980年代と1990年代、食用動物(とくに採卵鶏)の生産部門において、飼育規模の拡張が急速に進んだことが考えられています。これに伴い数多くの制御対策に関する調査・研究が行われてきたが、サルモネラ食中毒の発生数は依然として高いままで推移しています。しかし、スウェーデンだけは低く推移しており、この背景には、スウェーデンでは最初から食用動物の生産農場にサルモネラ汚染がないことを要求しているからです。したがって、サルモネラ食中毒発症数の低減方法は、農場と食品取扱い施設(流通・販売を含む)における制御を強化することによって、また、消費者に対し衛生的な賢い取り扱いを周知徹底させることによって達成できるもと考えています。

参考文献

1) 中村政幸ら:日本の市場鶏卵のSalmonella Enteritidis汚染調査、食品衛生研究、63,17-23(2013)
2) Andrew C. Voetsch, Thomas J. Van Gilder, Frederick J.Angulo, et al. ; FoodNet Estimate of the Burden of Illness Caused by Nontyphoidal Salmonella Infections in the United States. ; Clinical Infectious Diseases(CID) 2004; 38 (Suppl 3); S127-134.
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9) CDC; Notes from the Field: Multistate Outbreak of Human Salmonella Typhimurium Infections Linked to Contact with Pet Hedgehogs — United States, 2011-2013.; MMWR, February 1, 2013, Vol. 62, No. 4, p. 73.
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11) 厚生労働省健康局結核感染症課;カメ等のハ虫類を原因とするサルモネラ症に係る注意喚起について(2013)