ノロウイルスとトイレの衛生


(株)中部衛生検査センター 学術顧問
小沼博隆


秋から冬にかけては、ノロウイルスによる食中毒や感染症が流行するシーズンです。トイレがノロウイルスの汚染を受け、調理従事者の手指・靴・衣服等を介して食品が汚染されて食中毒を起こす事例も少なくありません。したがって、給食施設や飲食店・居酒屋・その他では食品を提供する側として必要な衛生管理のなかに「トイレの衛生」も含まれることをしっかりと認識する必要があります。
ノロウイルスや食中毒細菌(以下ノロウィルスなど)に汚染されている可能性が高いトイレは、いたるところに危険がいっぱいです。したがって、感染症・食中毒を未然に防止するには、トイレの徹底した衛生管理が必要不可欠です。 そこで、今回はトイレの設置の仕方、換気扇の使い方、清掃や消毒方法ならびに衛生的に使用するための注意点など、トイレの衛生管理について詳しく解説します。

1.トイレは、あらゆるところが汚染源

トイレの床や便器・便座・水洗レバーはもとより、トイレ専用履物・スノコ・ドアノブと鍵・トイレットペーパーとペーパーカバー・アトマイザーの容器とトリガー部分・水道カラン・換気扇とスイッチ類・うんちく標語集などなど、トイレを使用する際、ヒトはさまざまな箇所に触れています。したがって、あるヒトがノロウイルスなどを便器や水洗レバーに付着させた場合、次に使用するヒトを汚染させてしまいます。
さらに、ドアノブに触れた際にノロウィルスなどを付着させると次にドアノブに触ったヒトにも汚染します。また、水を流す際に触れるレバーも同様に汚染されています。用を済ませて石鹸で手を洗っても汚れの洗い残しがある状態でカランに触ればカランが汚染され、さらにドアノブを触れば結局いつまでもドアノブは汚れたままです。

たとえば、サルモネラ属菌の調査では、便器と同様なタイルに糞便とサルモネラ属菌を混ぜて一緒に付着させると長期間(2年以上;なぜ、2年以上かと言うと検体が無くなった)生残することがわかっています。極論すれば、皆が触れる共用部分は、すべて病原微生物やほこりなどに汚染され、微生物などが長期間生残していることをご理解ください。

2.拭き取り検体からのノロウイルス検出状況

トイレ内のいくつかの場所を拭き取った調査によると、便座が50%で最も高く、次いで便器30%、 ドアノブ30%、水道カラン17%の順でした。また、最もウイルス量(copy数)が多かった場所は、 便座4,200copy。その他のトイレ関連の場所からも数百copyのノロウイルスが検出されました。

3.調理従事者が汚染源

ノロウイルスに感染すると、糞便やおう吐物のなかには多量のウイルスが存在します。発症者においては、糞便に1g当たり10億個以上、おう吐物に1g当たり100万個程度のウイルスが存在します。一方、ノロウイルスに感染しても症状が現れない「不顕性感染者」が大勢います。因みにノロウイルス感染者が増える冬場は、100名当たり10~15名くらいの「不顕性感染者」がいると言われています。「不顕性感染者」でも発症者と同程度の多量のウイルスが糞便中に存在する場合もあります。ノロウイルスに感染していてもまったく気づかないで、調理従事者が直接あるいは調理器具等を介して間接的に食品を汚染させてしまう事例が少なくないのです。

手指はさまざまなものに触れる部分です。用便後にトイレットペーパーで拭き取る際にペーパーを通過してノロウィルスが手指に付着することが考えられます。用便後、お尻を拭く際、約6㎏の圧力でトイレットペーパーを肛門に押し付ける実験を行ったところ、健康便の場合は、12枚重ねで3秒間は指に糞便が到達しませんでした。しかし、下痢便では瞬時に手指に到達してしまいました。したがって、下痢便や軟便のヒトは、用便後にトイレットペーパーで拭き取る際にペーパーを通過して手指に便が付着する可能性があることを強く意識して、トイレから出る際には、トイレットペーパーを用い鍵の部分やドアノブに直接指で触れないようにし、そのトイレットペーパーで水道カランを開けてからゴミ箱に捨てた後に手洗いすると良いでしょう。この用便後のトイレットペーパー使用は、米国CDC(アメリカ疾病予防管理センター)が推奨しています。

4.トイレの設置と使用法

飲食店や給食施設などのトイレは、不特定多数のヒトが使用します。その中には感染しても症状が現れない「不顕性感染者」や発症して下痢・嘔吐などの症状を示しているヒトもいます。これらのヒトが原因で調理施設内がノロウイルスに汚染され食中毒を起こす危険性があります。それらの対策としては、①従業員とお客さまが使用するトイレは、分けることが得策です。②手洗い場所は、トイレ用と調理場入口用と分けて設置し、調理場へのウイルスの持ち込みを極力少なくさせることが重要です。

5.換気扇の設置

トイレには臭いやノロウィルスなどを充満させないために換気扇の設置が必要です。しかしながら、換気扇のサイズやパワーが小さいと空気の流れが弱く、また、冬期には寒いからと換気扇を止めていては、換気扇の効果が発揮できず、汚染物質が室内に充満してしまいます。換気扇を止めたトイレで用をたした後に、勢いよく便を流したり、お尻洗浄機で勢いよく洗浄した場合を想定した実験を寒天平板培地を用いて行なったところ、トイレ内はもとより廊下に置いた寒天平板培地からも大腸菌が検出され、なんとトイレから7m隔てた場所でも検出されました。この実験から、トイレに充満した糞便の微粒子がトイレの中からヒトが退出する時、ヒトの身体にまとわりつきながら約7mも汚染させたことになります。それらの対策としては、①換気扇はできるだけ大きめの換気扇を使用しましょう。②換気扇の吸・排気口は外気と直結にします。吸気口は下部に設置し、排気口は上部に設置して空気の流れを常に保つことが重要です。③換気扇には、ほこりやごみだけでなくノロウィルスなども付着しているので換気扇の清掃・消毒は定期的(使用頻度にもよるが月に1回以上が望ましい)に行いましょう。

6.トイレの清掃・消毒

トイレの清掃・消毒は、業務開始前・業務中および業務終了後など定期的に行います。次亜塩素酸ナトリウムなどによる消毒剤を用いて便座や床はもちろん、ドアノブ、手すり、水道カランなどを消毒します。清掃手順を定めた後は、清掃した時間、清掃者のサイン、点検項目ならびに管理責任者のサイン(責任者のチェックは必ず1週間以内に行いサインをすること)などを記載した清掃チェックシートを準備し、担当者は点検、記録をするとよいでしょう。ただし、調理従事者が業務中に清掃を行うのは避けてください。なぜなら、調理従事者自身が施設内の汚染源となってはならないからです。それらの対策としては、①作業着のままでトイレを使用しないこと。必ず前室あるいは廊下などで作業着を脱いでからトイレ専用サンダルに履き替えて使用するようにしましょう。②前述のとおり、用便後の手指にはノロウィルスなどが付着している危険性があります。したがって、用便後はかならず十分に手を洗ってください。③そして、調理場に入る前にもう一度手を洗うようにしましょう。

7.まとめ

見た目にはきれいなトイレであっても予想以上に床、水洗レバーやドアノブ、水道カランなどがノロウィルスなどに汚染されてしまうことがお分かりいただけたかと思います。トイレは、多くの人が必ず使用するため、トイレを介しての食中毒や感染症は避けられないことかもしれません。特に、ノロウイルスは糞口感染(糞便が直接・間接的にヒトの口に入り感染する)するのでトイレの衛生管理と手洗いは極めて重要です。したがって、日頃からトイレを使用する際に発生しうる汚染状況を理解してトイレの衛生管理を見直して、いかにして汚染を減らすかを考えて実践することで食中毒・感染症を未然に防ぐ一助にして行きましょう。