【講演No.1】

「最近の食中毒事例からわかる注意すべきこと」

元東海大学海洋学部 教授 小沼博隆 先生

 食中毒事件数は、年々減少傾向にあるが、患者数はあまり変わっていない。
 と言うことは、1事例あたりの患者数が多くなったことを意味する。加えて死者は、平成26年(2人)、27年(6人)、28年(14人)、29年(3人)、30年(1人)、令和元年(4人)、2年(3人)、3年(2人)、4年(5人)、5年(4人)と10年間で44人の尊い命が失われている。微生物による食中毒事例の多くは原因菌や原因物質を特定することができたが、その発生要因の解明までには至っていない。しかしながら多くの場合、当該事例はその疫学調査(発症者数や広がりなど)からウイルス性を除き当該菌の汚染と増殖が主な要因であることはほぼ間違いない。したがって、日常の衛生管理を励行していれば防げたものと思われる。

 最近注目されている事例としては、同一の食材によると考えられる広域な腸管出血性大腸菌感染症・食中毒(特に、O157/VT2)の報告数が関東地方を中心に増加した。厚生労働省では本事例を踏まえ、広域に発生する食中毒事案の早期探知および有効的な調査を進めるため、以下の7つの課題に対応することを決定した。
 ①広域発生事例に対する早期探知、②地方自治体および国レベルの関係部局(感染症担当、食中毒担当)の連携ならびに患者情報・喫食調査情報・検査情報を統合した情報管理、③国による地方自治体間の情報の共有、④情報提供の一元化および関係機関における提供した情報の共有、⑤詳細な調査を行うための遺伝子検査手法を統一化し解析、⑥検食や記録保存のあり方、⑦その他(*詳しくは、食品衛生研究Vol.68, No.12(2018)参照)
 一方、野菜サラダ等の加熱工程を経ない食品の喫食に起因する食中毒は原材料の汚染と洗浄不足、他の食品からの交差汚染などにより発生すると思われるが、直近では2018年5月から6月にかけて埼玉県、東京都、茨城県および福島県でサンチュの喫食によって同一遺伝子の腸管出血性大腸菌O157:H7による患者数20人(ほかに不顕性感染7人)の食中毒が発生した。
 同様な事例は、ハンバーガー店で食事をした客が発熱や下痢などの症状を訴えた問題で、8月10~23日に19店を利用した計28人が食中毒の症状を訴えていることを厚生労働省が明らかにした。厚労省は、このうち12人から検出された腸管出血性大腸菌は遺伝子の型(O121)が一致したとしている。
 これらの事例においては食材の流通範囲が広く、高齢者施設だけでなく飲食店あるいは事例は異なるがチェーン店にも供給されていたため上記のような複数県にわたる広域発生事例となった。これらのことから、厚生労働省は都道府県等を通じ、野菜等を生で食べる時には、よく洗うこと、高齢者、若齢者、抵抗力の弱い者を対象とした食事を提供する施設に対し、野菜、果物を加熱せずに供する場合には殺菌を行うよう改めて指導を徹底すること等を通知した。

 令和元年10月初旬に日本では7年ぶりに赤痢菌食中毒が山梨県身延町の宿坊で発生した。32都道府県からの喫食者数469名、発症者数99名である。
 また、10月23日、目黒区の保育園で赤痢による感染症が発生し園児、職員および保護者など36人が感染した。さらに、12月5日、葛飾区の幼稚園でも赤痢による感染症が発生し園児11人が感染した。しかしながら、いずれの感染事例も汚染源は不明であった。
 赤痢菌による食中毒は 、主に経口的に、食物や水、手指を介して伝播することで発症する、急性感染性 大腸炎の原因菌です。赤痢菌はA~D群に分類され霊長類のみに感染する。
 赤痢菌が初めて発見されたのは日本(東京)で、1898年に志賀潔によってA群:志賀赤痢菌(Shigella dysenteriae)が分離された。次いで、B群:フレキシネル菌(S.flexneri)、C群:ボイド菌(S.boydii)、D群:ソンネ菌(S.sonnei)の3菌種が発見された。日本の赤痢の原因菌としてD群が全体の8割である。
 対策としては、細菌性赤痢の主な感染源は人であり、二次汚染が考えられるため、感染防止対策として、食品を十分に加熱調理することと、手洗いの徹底が有効な方法となる。

 患者数が比較的多く最近注目されているのがウエルシュ菌食中毒である。本菌による食中毒は、食中毒統計資料によると平成9~13年のランキング(患者数)では5~6位であったが、14年以降4位となり24年は3位に浮上し現在に至っている。この背景には不景気や東日本大震災など諸説あるが、何れも明確なものではない。
 ウエルシュ菌食中毒対策としては、本菌は嫌気性菌で耐熱芽胞を有するため、特に煮物、カレーおよびスープ類などのように加熱調理で嫌気状態になりやすいものは小分けして早めに冷蔵保管するか10℃以上60℃以下に2時間以上置かない、あるいは喫食直前に十分な加熱調理するなどの対策が必要である。

 次に、現在最も患者数の多い食中毒はノロウイルス属(ノーウォークウイルス種;NoVと略記)によるものである。
 NoV食中毒患者数は、年間5,000~27,000人以上、しかも流行期が11~3月に集中するなど、従来からの微生物による食中毒は夏場に多く発生するという常識が通用しなくなってきた。また、老人医療施設や介護施設でNoVによる死者の増加傾向がみられ、原因追究の際には感染症と食中毒の区分けも難しくその感染の仕方も様々でその対応に苦慮しているのが現状である。
 NoVの伝播には「接触感染」、「飛沫感染」、「空気感染」などがある。これ以外に食品を介した感染、水を介した感染、昆虫などの小動物が媒介した感染といった経路もある。このようにNoVの感染様式が様々であると同時に乾燥や熱に比較的強いため防止対策が非常に難しいのである。
 NoVの予防対策は、患者の吐物、糞便(健康保有者を含む)の適切な処理と手洗いの励行が必要である。特に、調理現場などで急激な嘔気がした場合は、床に両手をつき、できる限り低い位置、つまり口をできる限り床に近づけて嘔吐するようにすること。何故なら、高い位置から嘔吐すればするほど遠くへ飛散し、しかもその微粒子は空気中に拡散し、現場の環境を汚染するからである。間違ってもその場から離れようとして駆け出したりすると、靴から床を汚し、吐物の付着したズボンが駆けることによって旗のようにひらひらして吐物の微粒子をまき散らし、行く場所、行く場所の環境を汚染するからである。不幸にも調理現場で嘔吐した場合は、屋外と直結している窓は全開にして風通しをよくしてウイルスを含んだ微粒子を屋外へ早く出すことが必要である。
 次に、吐物全体を広範囲に覆うように1,000ppmの塩素をふりかけ、新聞紙あるいは大型紙おむつをかぶせる。約30分後に吐物類をビニール袋に入れ密封処理して屋外に排出する。その後、調理施設全体の床を200ppm塩素噴霧する。調理中の食材は、以後の工程で加熱(85~90℃・90秒間以上)を加える食材以外は廃棄することが望ましい。
 一方、ホテルやイベントホールなど床に色柄のある絨毯上で嘔吐した場合は塩素を使用すると色柄が脱色されるため、過炭酸ナトリウムと過酸化水素合剤(キッチンワイドハイター粉タイプ)を吐しゃ物周辺から中心部へ向けて散布し、30分間以上してから後は塩素処理と同様の処理をすると、絨毯は脱色されずにウイルスを殺滅することができる。
 以上のように、NoVの防止対策は困難を極めているが、厚生労働省は、NoV食中毒の再発防止対策としていくつかの例示を示しているので参考にするとよい。

 これらの食中毒に加えごく最近では、ジビエ人気によるE型肝炎、トリヒナ(旋毛虫)などの寄生虫や腸管出血性大腸菌・サルモネラなどの食中毒があるので生食を避け十分な加熱が必要です。また、バーベキューでは、肉や魚の十分な加熱に加え調理器具はもとより食材に直接接触する可能性のある箸、フォーク、トングなどの衛生的取り扱いに留意されたい。

 その他、最近増加傾向にあるヒスタミン食中毒およびアニサキス食中毒ならびにヒラメの生食によるクドア・セプテンプンクタタなど寄生虫による食中毒も注目する必要がある。