【講演No.4】

「生野菜の衛生管理と洗浄殺菌」

農研機構 食品研究部門 食品安全・信頼グループ長 稲津康弘

 米国では 2006 年 9 月にホウレンソウを原因食材とする大規模な大腸菌O157 食中毒事件が発生し、その原因として圃場への野生動物の侵入が指摘されている。米国では 2006 年 8月から 2022 年 5 月までに 75 件の野菜関連の大規模食中毒事件が発生しており、うち 56%が Salmonella 属菌(サルモネラ)、26%が腸管出血性大腸菌(O157 など)によるものである。ドイツでも 2011 年に有機栽培スプラウトを原因食材とする多剤耐性腸管出血性大腸菌O104 による大規模食中毒事件(患者数 4,321 名、死者 50 名)が発生した。欧米では現在でも患者数が 100 名を超える野菜・果実による細菌性食中毒事件が時々、発生している。一方、2010 年以降に国内で発生した生野菜および浅漬け類関連の主要な食中毒事件には次のようなものがある。

1.仕出し弁当に入っていたカットキャベツを原因食材とする腸管出血性大腸菌O26 集団食中毒事件
 (2011 年、富山県、患者数 18 人)
2.給食会社が製造したカットネギを原因食材とする毒素原性大腸菌 O148 集団食中毒事件
 (2011 年、神奈川県・山梨県・長野県、患者数 362 人)
3.ハクサイきり漬を原因食材とする腸管出血性大腸菌 O157 食中毒事件
 (2012 年、北海道、患者数 198 人、死者数 8 人)
4.安部川花火大会で販売された冷やしキュウリを原因食材とする腸管出血性大腸菌O157 食中毒事件
 (2013 年、静岡県、患者数 510 人)
5.高齢者施設で提供されたキュウリゆかり和えを原因食材とする腸管出血性大腸菌O157 食中毒事件
 (2016 年、千葉県・東京都、患者数 84 人、死者数 6 人)
6.飲食店および高齢者施設で提供されたサンチェを原因食材とする腸管出血性大腸菌O157 食中毒事件
 (2018 年、埼玉県・東京都・茨城県・福島県、患者数 20 人)

 厚生労働省は 1998 年から 2018 年まで野菜の食中毒菌汚染実態調査を行っていたが、サルモネラが検出されたのは 26,220 検体中わずか 16 検体にすぎず、2013 年以降は陽性のものが見つかっていない。同じ調査で腸管出血性大腸菌の検査も行われたが、こちらは陽性のものが見つからなかった。衛生指標細菌としての E. coli は生野菜の 12.4%、浅漬け類の 9.5%から検出されており、水耕栽培野菜および芽もの野菜に限定すると検出率は 22.9%および 17.9%であった。一方、農林水産省が 2008~09 年および 2014~18 年に実施した圃場採取の野菜のE.coli 検出率はこの 1/10 程度であった。以上のことを踏まえると、現在、国内で流通しているカット野菜や浅漬け類による食中毒事件の危険性はかなり低いと考えられる。なお農林水産省は「栽培から出荷までの野菜の衛生管理指針(第2版)」(令和 3 年 7月)を作成して、適正農業規範(GAP)の取組を推進しており、その中には収穫 1 週間以内に可食部に使用する用水に関する目安などが含まれている。
 カット野菜や浅漬けの製造工程では一般に、野菜の原体の不要部分を除去した後で洗浄(+一次殺菌)を行って、付着した土やゴミを除去することが多い。この段階で付着している微生物を十分に除去することが難しければ、カット後に殺菌剤を含む洗浄液を用いた二次殺菌を行う。カット野菜や浅漬け類の製造に最も一般的に使用されていると思われる殺菌剤は「次亜塩素酸ナトリウム」である。これ以外に食品衛生法、カット野菜の製造に使用可能な殺菌剤として電解水やオゾン水、酸性化亜塩素酸水や亜塩素酸水および過酢酸製剤が挙げられる(浅漬け類原料野菜には使用できないものがある)。生野菜の殺菌については稲津康弘「生野菜の洗浄殺菌」 日本食品微生物学会雑誌. 38 (3). 107-117 (2021)(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsfm/38/3/38_107/_article/-char/ja)に情報をまとめているので、そちらを参考にされたい。
 野菜に付着している一般細菌数や大腸菌群数や人為的に付着させた大腸菌 O157 などの殺菌試験の結果は多く報告されているが、現実的にはいずれの殺菌剤を使用しても洗浄直後で洗浄前の 1/100~1/10 程度、水洗と比較すると 1/10~1/1 程度まで菌数が落ちるようである。殺菌剤の濃度を上げれば殺菌効果も上がるというものでもなく、脱色や着臭の問題も起こりうるために、殺菌効率と品質の兼ね合いを考えると有効塩素濃度 100~200 ppm(mg/L)程度の条件で操作するのがよさそうである。実験的な条件下では長く洗浄液に漬けておいても殺菌効果は増大せず、また洗浄水に対して過大な量の洗浄物を投入すると、有効塩素濃度の低下がみられることが知られていることから、個別の作業所現場で適切な操作条件を検討しておくことが望ましい。なお上述したカット長ネギの毒素原性大腸菌 O148集団食中毒事件では「150ppm 次亜塩素酸ナトリウムで 10 分処理」することになっていたところ、殺菌剤の使いまわしで有効塩素濃度が 25ppm 程度まで下がっていたことが判明している。殺菌液の有効塩素濃度は業務用の測定器や試験紙で簡単に測定できるので、定期的にチェックしておくことが望ましい。また 2012 年の白菜浅漬け事件は特売対策などのため通常の倍の量を一度に作ったことが遠因とされており、通常と異なるオペレーションを行う場合は特に注意が必要である。
 最近、注目されている生野菜の殺菌剤に過酢酸製剤がある。これは次亜塩素酸ナトリウム よりも有機物による活性低下が起こりにくく、糸状菌(カビ)に対する効果も強いようである(Hosotani et al. Food Science and Technology Research. 29 (3), 257-267 (2023))。(株) FCS が小規模な工場に導入可能な殺菌装置の試用サービスを行っているそうである(問合せ先:山下 (k_yamashita@fcsolut.com))。またライオンハイジーン(株)は最近、前洗浄で原体の菌数を落とした後にスライサーにオゾン水をかけ流しにして交差汚染を防ぎつつカットを行い、その後の二次殺菌を省略するという製法を開発している(水野ほか. 日本食品科学工学会誌. 71(1), 13-21 (2024))。この方法で製造したカットキャベツ、カットレタスおよびカット大根の一般細菌数は従来の方法(80ppm 次亜塩素酸ナトリウム二次殺菌あり)の製品のそれと差がなく、6 日間、10℃保存後の色調等の品質は従来法によるものよりも良好であることが示されている。